show no mercy

酔ってこい酒場です

われらの狂気を生き延びる道を教えよ

 

そういえばいつか忘れたけれど最近のラジオ父ちゃん回で遊びたがりの犬から「かまってかまって〜」と戯れられた時、
多くの人間は犬に対して「よしよし」と声かけし、ある程度戯れると声かけ文言が「わかった、わかった」に移行するという投稿が読まれていたなぁと思いだした。
というのも、一昨日の夕方にそらまめスナックをバカ食いしたあと外出し、ちょうどマンション出てすぐのところで、キムラから放つそら豆臭に反応したのか、とびきり大きくて目がとろんとした優しそうなレトリーバーが自分目掛けて一目散に寄ってきてくれて、最大級のクンクンを浴びせたあとに構われたそうなムーブをしてきたもんだから、おーよしよしモードに入って&わしゃわしゃと愛でている際に、これを思い出したんだった。

 

触ってOKと許可していただいた飼い主さん。いえ、飼い主様。ありがとうございます。犬不足……からの充。
自分に興味を抱いてくれたというより、そら豆の匂いを放っている自分に興味を抱いてくれたお礼に「気になるこの匂いはねー、そ・ら・ま・め(理解してほしくてもったいぶった)」と、飼い主さんの前で恥ずかしげもなく暴露してしまったよね。
ただよう謎の匂いがそら豆と教わったワンは「わかりました」と言わんばかりに鼻先をペロリと舐める。この姿。

もうもうもうもうんもーーーーーー
かわいすぎるでしょーが!しかない。まじで。キュートアグレッションで死にますかの。こんないい思いができるなら、ずっとそら豆の匂いを身に纏っていたいよーー。


で、思ったんだけれど、人間がある一定時間可愛さを浴びて「わかった、わかった」と唱える現象ってどうにかしてほしすぎる可愛さに対してもうお手上げ~という表明の「わかった」なのかね、と。
かわいい犬が、かわいすぎる、どうにかしてほしいもん。
このどうにかしてほしい可愛さは、理解には及ばないからこそ、「わかった」と自分に言い聞かせることであまりにもわからなさすぎる天元突破の可愛さを理解できた状態に落ち着かせたい、冷静になりたい「わかった、わかった」なのではないかな。わからんけど。

 

やー、でも「人間の言葉分かってるワン」が満載なのがワンの好きなところだな。確実に、犬たちは、人間を、わかっている。
ちなみにキムラは、カワワンに言い寄られて「わかった、わかった」の状態にはならんなー。わかんない可愛さには、わかんないと言うなー。わかんないことはわかんないと言いましょうー仕事ーいつのまにか4月が終わっていた。とんでもないミスした自分自身のことは、わかんなさすぎるだろ。5テンポくらい遅れてミスをしたことに気付き、画面を見つめながら「あ〜……わかった」とは呟いたけど。その後にツツジが綺麗だなあと感じられる感性が残っている自分自身を、自分はわからない。過去に同種のミスをした人が「ご飯食べても味がしなくなるから」と儚げに言っていたので、ミスをしたその日の晩は、辛めのキンパを食べたよね。味じゃない、痛覚でいい。"感じ"たかったから。

 

自分は、この世でわかりたいこと:わかりたくないことの割合として2:8くらいですが、一生かけてもわかりたくないのは、犬のかわいさだな。これからもかわいいはわからないまま続いてほしい。身の程知らず、かわいさを分かり知らずで生きていきたいね。

 

・大江『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』を読んだ。2ヶ月に1冊のペースで今まで読んだことがない大江の中編・長編を読めていて嬉しい。

流浪する六人の家族が登場する。設定も浮遊感あって、とはいえ、クエスチョンマークが脳内に浮かばず、受け入れられ、読書時は読み進められるのがすごい。『クリーピー』の擬似家族みたいな。元になっている『オーデン詩集』もむかーしに買ってそのままだったから引っ張り出して読みましたが、大江がオーデンを多用してるのって、初見だとなんだか不思議な心地なんだよな。オーデンの印象って、どちらかというと陽だから。

「outgrow」の成長して脱する。っていいですね。成長して脱したい。
この作品もまた「極めて個人的な体験が、普遍的なものとなりうる」の一冊。ありがとうすぎる。

 

どうでもいいけど、オーデンの「見る前に跳べ!」は、ミスを犯したと気付いた瞬間に頭で鳴ったね。