show no mercy

酔ってこい酒場です

【雑記】2020/5/2 あつ森明日論

 

あつ森を遊びながら、あつ森が今の生活にピタリとハマりすぎててすごいなということを考えていた。

必需品はたぬき開発で全て揃えてくれるという点からありがてえ……ハッピースタートなゲーム
マインクラフトマインドで木から作らなければいけない素材集めからのDIYを駆使しつつも、それはクラフトゲームが主ではなく、島にある資材(有限)を考慮しながら、制限の下、今日できることを考える"生活"に重きを置いている。
スプラトゥーンの"Now or Never"="今塗らねばー"が「今やらねば」を掻き立てるなら、
あつまれどうぶつの森の「なにもないから、なんでも出来る」は、あしたやろうの促進だと自分は受け取りたい。


①結末をどこに設定するか(昆虫、魚、図鑑コンプリート)を置くなら、スマホゲームの課金感覚で時間操作&フレンドとの交流・交換を駆使して有限が見えてくる。
②結末をいつに設定するかを考えはじめると、あまり見えてこない。日ごとのランダム家具、ガチャ品揃え、明日に持ち越してしまう作業も出てくるのはしょうがない途方の無さ。不自由さで無限を見させてくれる。コミュニケーションの可変性も豊か。
今回のあつ森は、②が豊かすぎるくらいに豊かではないだろうか。


(やり慣れてくると住人とのコミュニケーションもAボタン連打でこなしがちだが)
「いつ」を設定しても仕方がない運みたいなものに満ちているのは面白い。
たとえば住人の落とし物が目に入っても拾わない道を選んだとしても、
その後に話しかけた人物が「落とし物したんだけど…」と、自分から落とし主を明かされて拾う場合もある。
当たり前だが、選ばなかった方の結末はいつだってわからないのだから、
とりあえず今はこれでいいやと進める今があるのは、現実もそうだ。

話は少し逸れるが、
自分は斧で20回叩いてブチ壊れる箱を19回叩いてやめてしまうような人間なので、
ゲームを日常的にこなしていると何がしたかったんだろう、とふと立ち止まる。
強くなりたかった。なんのために?なんとなく。なんとなく強くなりたかった。なんとなく高めたかった。とにかく高めないといけない気がする。うまく立ち回らないといけない気がする。立ち止まってはいけない……。
と言うとデカすぎる気はするけど、少なくとも「やらねばならぬ」。


考えても答えがでないこと、「明日やろうは善か or 悪か」という問いになぜ今日これほど考えなければいけないのか、ということなんです。
そのなぜ?に答えは全くでない。その答えを引き出すよりも、実際に自分が何かを決める際に「今考えても仕方ないし、しょうがねえ。明日にでも悩むか」と考え至れることの方が、今の生活にはちょうどいい気がします。


明日なんてこちらから迎えにいかなくていい
出会ったときに悩めばいい

この自宅監禁の日々、
これくらいのぬるま湯温度で生活していけたら…。

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ここには
モノホンの"生活"があるよ。